先史時代と古代オリエントの流れと一問一答
人類の出現から、メソポタミア・エジプト・東地中海の諸民族、アケメネス朝までを扱います。まず流れの解説を読み、一問一答(29問)と、用語から説明を選ぶ4択で確認します。
一度の正解は「正解済み」、別の日にも正解すると「定着」と表示します。
流れの解説
人類の出現と農耕の始まり
人類は約700万年前のアフリカで、直立二足歩行をする猿人として現れました。その後、原人、旧人(ネアンデルタール人など)、新人(現生人類)と段階を追って進化したと考えられています。旧石器時代の人々は打製石器を使って狩猟・採集の生活を送り、新人の段階ではアルタミラやラスコーの洞穴壁画のような芸術も残しました。
およそ前7000年ごろ、西アジアの「肥沃な三日月地帯」で麦の栽培と家畜の飼育が始まります。自然から獲得する暮らしから、食料を生産する暮らしへの転換で、これを新石器革命(食料生産革命)と呼びます。磨製石器や土器が使われ、人々は定住して村をつくるようになりました。
メソポタミア文明
ティグリス川とユーフラテス川の流域であるメソポタミアでは、灌漑農業が発達し、前3000年ごろまでにシュメール人がウル・ウルクなどの都市国家を築きました。神殿を中心とする神権政治が行われ、粘土板に刻む楔形文字が生まれています。
やがてセム語系のアッカド人がメソポタミアを初めて統一し、続いてアムル人のバビロン第1王朝が栄えました。その最盛期の王ハンムラビは、「目には目を」の同害復讐の原則で知られるハンムラビ法典を定めています。前17世紀中ごろに小アジアで王国を建てたインド=ヨーロッパ語系のヒッタイトは、鉄製武器を用いてメソポタミアに遠征し、前1595年ごろにバビロン第1王朝を滅ぼしました。
エジプト文明
ナイル川の定期的な増水を利用して農業が営まれたエジプトは、ギリシアの歴史家ヘロドトスに「エジプトはナイルのたまもの」と評されました。王(ファラオ)は太陽神ラーの化身として神権政治を行い、古王国ではクフ王らが巨大なピラミッドを建てています。新王国のアメンホテプ4世は、唯一神アテンの信仰を強制する宗教改革を試みましたが、次の王の代にはもとに戻されました。文字は神聖文字(ヒエログリフ)などが使われ、19世紀にシャンポリオンが解読しています。
東地中海の諸民族
前1200年ごろから、シリア・パレスチナではセム語系の民族が活躍します。フェニキア人は地中海交易に乗り出してカルタゴなどの植民市を築き、表音文字をつくりました。これがのちのアルファベットのもとになります。アラム人は内陸交易で活躍し、アラム語はオリエントの国際語となりました。ヘブライ人の王国はソロモン王の死後に南北に分かれ、南のユダ王国は前586年に新バビロニアに滅ぼされます。住民がバビロンに連れ去られたこの出来事(バビロン捕囚)を経て、ユダヤ教が成立しました。
オリエントの統一
前7世紀前半、アッシリアが初めてオリエント全域を統一しましたが、強圧的な支配のため短期間で崩れ、リディア・新バビロニア・メディア・エジプトの4王国が分立しました。前6世紀後半にはイラン人のアケメネス朝が再びオリエントを統一し、ダレイオス1世のもとで最盛期を迎えます。全国を州に分けてサトラップ(知事)に治めさせ、「王の道」と呼ばれる国道と駅伝制を整えました。服属した民族には寛容な政策をとり、イラン人の間では善悪二元論のゾロアスター教が信仰されました。
一問一答
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用語から説明を選ぶ(4択)
用語を見て、正しい説明を4つから選びます。似た種類の用語の説明と比べて選びます。回答後に正しい用語との対応を確認できます。キーボードでは1〜4で選べます。