イスラーム世界の形成と発展の流れと一問一答
ムハンマドの布教から正統カリフ、ウマイヤ朝・アッバース朝、各地のイスラーム王朝までを扱います。まず流れの解説を読み、一問一答(34問)と、用語から説明を選ぶ4択で確認します。
一度の正解は「正解済み」、別の日にも正解すると「定着」と表示します。
流れの解説
イスラーム以前の西アジア
3世紀、イランではパルティアに代わってササン朝が成立し、ゾロアスター教を国教としました。6世紀のホスロー1世は突厥と結んでエフタルを滅ぼし、ビザンツ帝国とも争って最盛期を築きます。ササン朝とビザンツ帝国の争いで東西の交易路が不安定になると、アラビア半島を通る交易が盛んになり、メッカが商業の中心として栄えました。
イスラーム教の成立と正統カリフ
メッカの商人ムハンマドは、唯一神アッラーの啓示を受けたとして布教を始めました。迫害を受けた彼は622年にメディナへ移住し(ヒジュラ)、そこで信徒の共同体をつくります。聖典は『コーラン(クルアーン)』です。
ムハンマドの死後、共同体を率いる後継者はカリフと呼ばれ、アブー=バクルからアリーまでの4代を正統カリフといいます。この時代にアラブ人は大規模な征服を行い、642年のニハーヴァンドの戦いでササン朝を事実上滅ぼしました。
ウマイヤ朝とアッバース朝
661年、ムアーウィヤがダマスクスを都にウマイヤ朝を開き、カリフの地位は世襲となりました。アリーとその子孫だけを正統な指導者とする人々はシーア派となります。ウマイヤ朝はイベリア半島まで領土を広げましたが、732年のトゥール・ポワティエ間の戦いでフランク王国に退けられました。ウマイヤ朝ではアラブ人が特権を持ち、改宗した非アラブ人にも重い税が課されたため、不満が高まります。
750年に成立したアッバース朝は、新都バグダードを中心に栄えました。ムスリムであればアラブ人でなくても人頭税(ジズヤ)が免除され、イスラームの教えにもとづく平等な帝国となります。最盛期のカリフはハールーン=アッラシードです。751年のタラス河畔の戦いで唐を破ったことは、製紙法が西方に伝わるきっかけとなりました。
イスラーム世界の分裂
アッバース朝の時代、イベリア半島には756年に後ウマイヤ朝が成立し、北アフリカには909年にシーア派のファーティマ朝が興ってのちにカイロを建設しました。10世紀にはイラン系のブワイフ朝がバグダードに入り、カリフから大アミールの称号を得ます。ブワイフ朝は軍人に俸給の代わりに土地の徴税権を与えるイクター制を始めました。
11世紀にはトルコ系のセルジューク朝がバグダードに入城し、カリフからスルタンの称号を得ました。宰相ニザーム=アルムルクは各地にマドラサ(学院)を建てています。エジプトではサラーフ=アッディーンのアイユーブ朝、続いて奴隷軍人によるマムルーク朝が栄えました。
イスラーム世界の広がり
中央アジアでは、トルコ系で最初のイスラーム王朝とされるカラハン朝が成立しました。アフガニスタンのガズナ朝は北インドへの侵入を繰り返し、1206年にはアイバクがデリーで奴隷王朝を建てて、デリー=スルタン朝が始まります。
アフリカでは、ベルベル人のムラービト朝が西アフリカのガーナ王国を攻撃し、14世紀にはマンサ=ムーサの巡礼で知られるマリ王国が栄えました。アフリカ東岸の交易都市では、アラビア語の影響を受けたスワヒリ語が生まれています。
イスラーム文化
イスラーム世界では、ギリシアの学問がアラビア語に翻訳され、独自の発展をとげました。イブン=シーナーは『医学典範』を著し、イブン=ルシュドはアリストテレスの注釈で知られます。どちらものちにラテン語に訳されて、ヨーロッパの学問に影響を与えました。歴史家イブン=ハルドゥーンは『世界史序説』で王朝の興亡を論じ、旅行家イブン=バットゥータは三大陸を旅しました。民衆の間ではイスラーム神秘主義(スーフィズム)が広まり、イベリア半島ではナスル朝がグラナダにアルハンブラ宮殿を建てました。
一問一答
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用語から説明を選ぶ(4択)
用語を見て、正しい説明を4つから選びます。似た種類の用語の説明と比べて選びます。回答後に正しい用語との対応を確認できます。キーボードでは1〜4で選べます。