ルネサンス・大航海時代・宗教改革の流れと一問一答
イタリアに始まるルネサンス、大航海時代とアメリカ大陸の征服、宗教改革と対抗宗教改革を扱います。まず流れの解説を読み、一問一答(31問)と、用語から説明を選ぶ4択で確認します。
一度の正解は「正解済み」、別の日にも正解すると「定着」と表示します。
流れの解説
ルネサンス
14世紀のイタリアでは、ギリシア・ローマの古典を手本に、人間らしい生き方を追求する文化運動が始まりました。これをルネサンスといいます。都市の富裕な商人が芸術家や学者を保護し、なかでもフィレンツェのメディチ家が知られています。
文学では、ダンテがトスカナ語で『神曲』を、ボッカチオが『デカメロン』を著しました。美術ではレオナルド=ダ=ヴィンチが「最後の晩餐」「モナ=リザ」を、ミケランジェロがシスティナ礼拝堂の天井画や「ダヴィデ像」を残しています。政治思想では、マキァヴェリが『君主論』で、政治を宗教や道徳から切り離して論じました。
ルネサンスはアルプス以北にも広がり、エラスムスは『愚神礼賛』で教会の堕落を風刺し、トマス=モアは『ユートピア』で囲い込みを批判しました。科学ではコペルニクスが地動説を唱え、グーテンベルクが改良した活版印刷術は新しい思想を広める力となりました。
大航海時代
15世紀になると、香辛料などのアジアの産物を直接手に入れようと、ポルトガルとスペインが海外進出を始めました。ポルトガルのバルトロメウ=ディアスは1488年に喜望峰に到達し、ヴァスコ=ダ=ガマは1498年にインドのカリカットに到達してインド航路を開きました。
スペイン女王イサベルの援助を受けたコロンブスは、1492年に大西洋を横断してカリブ海の島に到達しました。この大陸が新大陸であることを明らかにしたアメリゴ=ヴェスプッチの名から、「アメリカ」の呼び名が生まれます。スペインとポルトガルは1494年のトルデシリャス条約で海外領土の境界を定めました。スペイン王の命を受けたマゼランの船団は、マゼランが途中で死んだのち、世界周航を達成しています。
アメリカ大陸の征服と価格革命
アメリカ大陸には、メキシコ高原でテノチティトランを都とするアステカ王国、アンデス地方のインカ帝国などの文明が栄えていました。インカ帝国では文字の代わりに、縄の結び目で数量を記録するキープが使われていました。しかしコルテスがアステカ王国を、ピサロがインカ帝国を征服します。スペインはエンコミエンダ制のもとで先住民を酷使し、先住民の人口は激減しました。
ボリビアのポトシ銀山などから大量の銀がヨーロッパに流れこむと、物価が高騰しました(価格革命)。また交易の中心が地中海から大西洋岸へ移りました。
宗教改革
1517年、ドイツのルターは贖宥状(免罪符)の販売を批判して「九十五か条の論題」を発表し、宗教改革が始まりました。ルターは信仰と聖書のみを重んじることを説き、その支持者は諸侯の間に広がります。1555年のアウクスブルクの和議で、諸侯はカトリックとルター派のどちらかを選べるようになりました。
スイスのジュネーヴではカルヴァンが『キリスト教綱要』を著し、救われる者はあらかじめ神が決めているとする予定説を説きました。カルヴァン派は商工業者に広まり、フランスではユグノーと呼ばれました。イングランドでは、ヘンリ8世が1534年の国王至上法(首長法)でローマ教会から離れ、1559年にエリザベス1世が統一法を制定してイギリス国教会を確立しました。
対抗宗教改革
カトリック側も立て直しを図りました。1545年から開かれたトリエント公会議では、教皇の至上権とカトリックの教義が再確認されます。イグナティウス=ロヨラらが結成したイエズス会は、ヨーロッパでの布教に加え、アジアやアメリカ大陸への海外布教に力を注ぎました。
一問一答
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用語から説明を選ぶ(4択)
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