産業革命とアメリカ独立・フランス革命の流れと一問一答
イギリスの産業革命、アメリカ独立革命、フランス革命とナポレオンの時代を扱います。まず流れの解説を読み、一問一答(34問)と、用語から説明を選ぶ4択で確認します。
一度の正解は「正解済み」、別の日にも正解すると「定着」と表示します。
流れの解説
イギリスの産業革命
18世紀後半のイギリスでは、機械と動力の導入によって生産のしかたが大きく変わる産業革命が始まりました。綿工業では、1733年にジョン=ケイが飛び杼を発明して織布の速度が上がると、糸の不足を補うために紡績機の改良が続きます。1769年にアークライトが水力紡績機、1779年にクロンプトンがミュール紡績機を発明し、1785年にはカートライトが力織機を発明しました。
ワットが改良した蒸気機関は、工場の動力として広く使われるようになります。交通では、スティーヴンソンが蒸気機関車を実用化し、1830年にマンチェスターとリヴァプールを結ぶ鉄道が開通しました。一方で、機械に仕事を奪われた手工業者はラダイト運動と呼ばれる機械打ちこわしを起こしました。
アメリカ独立革命
七年戦争後、財政難のイギリスは北アメリカ植民地への課税を強めました。1765年の印紙法には「代表なくして課税なし」の声が上がり、1773年には茶法に反発した人々が東インド会社の船の茶を海に投げ捨てるボストン茶会事件が起こります。
1775年に独立戦争が始まると、植民地軍はワシントンを総司令官としました。トマス=ペインの『コモン=センス』は独立の必要を訴え、1776年7月4日にはトマス=ジェファソンらが起草した独立宣言が発表されます。フランスなどの支援を得た植民地側が勝利し、1783年のパリ条約でイギリスはアメリカ合衆国の独立を承認しました。1787年に制定された合衆国憲法は、連邦主義と三権分立を特徴としています。
フランス革命の始まり
フランス革命前の旧体制(アンシャン=レジーム)では、第一身分(聖職者)と第二身分(貴族)が免税などの特権を持ち、人口の大部分を占める第三身分が重い負担を負っていました。シェイエスは『第三身分とは何か』で特権身分を批判しています。
1789年、財政難から三部会が開かれると、第三身分の議員は国民議会を名乗り、憲法制定まで解散しないことを誓いました(球戯場の誓い)。7月14日にはパリの民衆がバスティーユ牢獄を襲撃し、8月には国民議会が人権宣言を採択して、人間の自由と平等、国民主権などをうたいました。
共和政と恐怖政治
1791年、国王一家が国外逃亡を図って捕らえられるヴァレンヌ逃亡事件が起こり、国王の権威は失墜しました。1792年には男性普通選挙で国民公会が成立し、王政の廃止を宣言します。ロベスピエールの率いるジャコバン派は反対派を次々に処刑する恐怖政治を行いましたが、1794年のテルミドール9日のクーデタで倒されました。
ナポレオンの時代
その後の総裁政府のもとで政治は不安定でしたが、1799年、ナポレオンがブリュメール18日のクーデタで総裁政府を倒し、権力を握りました。1804年には私有財産の不可侵や法の前の平等を定めたナポレオン法典を公布し、同年皇帝となります。
1805年のトラファルガーの海戦ではネルソン率いるイギリス海軍に敗れたものの、同年のアウステルリッツの戦い(三帝会戦)でオーストリア・ロシア軍を破りました。1806年には西南ドイツ諸邦にライン同盟を結成させ、大陸封鎖令でイギリスとの通商を禁じました。しかしロシア遠征の失敗後、1813年のライプツィヒの戦い(諸国民戦争)で敗れ、1815年のワーテルローの戦いで最終的に敗北して、大西洋のセントヘレナ島に流されました。
フランス革命の影響はカリブ海にも及び、1804年にはハイチがフランスから独立して、世界初の黒人共和国となりました。
一問一答
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用語から説明を選ぶ(4択)
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