南アジア・東南アジアの古典文明の流れと一問一答
インダス文明からグプタ朝、東南アジアの諸王国までを扱います。まず流れの解説を読み、一問一答(30問)と、用語から説明を選ぶ4択で確認します。
一度の正解は「正解済み」、別の日にも正解すると「定着」と表示します。
流れの解説
インダス文明とアーリヤ人
前2600年ごろ、インダス川流域に青銅器文明であるインダス文明が栄えました。パンジャーブ地方のハラッパーやシンド地方のモエンジョ=ダーロでは、煉瓦でつくられた計画的な都市が発掘されています。
前1500年ごろ、中央アジアからアーリヤ人が西北インドに進入しました。彼らは神々への賛歌を集めた『リグ=ヴェーダ』を残し、のちにガンジス川流域へ広がります。この過程でバラモン(祭司)を頂点とするヴァルナ制という身分の区分が生まれ、ヴェーダの祭式を重んじるバラモン教が成立しました。
新しい宗教と統一王朝
前6世紀ごろになると、祭式中心のバラモン教を見直す動きが起こります。ウパニシャッド哲学は宇宙の根本原理(ブラフマン)と自己の本質の一体を説き、ガウタマ=シッダールタの仏教や、ヴァルダマーナが開いたジャイナ教が生まれました。
前4世紀末、チャンドラグプタがマウリヤ朝を建て、インド初の統一王朝となります。前3世紀のアショーカ王は仏教に帰依し、ダルマ(法)による統治を目指しました。
クシャーナ朝とサータヴァーハナ朝
1世紀には、西北インドからガンジス川流域にかけてクシャーナ朝が成立しました。最盛期のカニシカ王は仏教を保護し、衆生の救済を重んじる大乗仏教が広まります。ギリシア美術の影響を受けた仏像が、ガンダーラ地方を中心につくられました(ガンダーラ美術)。同じころ、デカン高原を中心とするサータヴァーハナ朝は、季節風を利用した海上交易でローマと結びついていました。
グプタ朝とインド古典文化
4世紀にチャンドラグプタ1世が北インドにグプタ朝を建てます。この時代には、バラモン教と民間信仰が融合したヒンドゥー教が社会に定着し、ヴァルナごとの義務を定めた『マヌ法典』も重んじられました。サンスクリット語の文学が栄え、カーリダーサの戯曲『シャクンタラー』が生まれています。仏教の学院ナーランダー僧院も建てられ、7世紀には北インドを統一したハルシャ王のもとで、唐の玄奘がここで学びました。
東南アジアの諸王国
東南アジアでは、ベトナム北部で銅鼓で知られるドンソン文化が栄えました。紀元後になると、インドと中国を結ぶ海上交易の拠点として港市国家が生まれます。メコン川下流の扶南、ベトナム中部のチャンパー、7世紀にスマトラ島のパレンバンを中心に栄えたシュリーヴィジャヤなどです。ジャワ島ではシャイレンドラ朝が仏教寺院ボロブドゥールを造営しました。
大陸部では、カンボジアのアンコール朝が12世紀にアンコール=ワットを建て、11世紀にはビルマ人のパガン朝、13世紀にはタイ人のスコータイ朝が成立します。ベトナム北部では1009年に李朝が成立し、のちに国号を大越としました。
一問一答
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用語から説明を選ぶ(4択)
用語を見て、正しい説明を4つから選びます。似た種類の用語の説明と比べて選びます。回答後に正しい用語との対応を確認できます。キーボードでは1〜4で選べます。